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最高裁判所第一小法廷 昭和23年(れ)1167号 判決 1949年3月17日

主文

本件上告を棄却する。

理由

被告人高橋正三、同細川実、辯護人大橋弘利上告趣意第一點について。

しかし原判決の事実摘示を、證據説明と併せ讀めば、被告人が販賣した液體は、證第二號の斗瓶入の一立方センチメートル中二九、五ミリグラム乃至三二ミリグラムのメタノールを含有するアルコール液一斗であることは明白であるからこの點につき所論のごとき理由不備その他の違法はない。次に、有毒飮食物等取締令第一條第一項は、「メタノールを含有する飮食物(一立方センチメートル中一ミリグラム以下のメタノールを含有するものを除く)は、之を販賣…………することを得ず」と規定し、同第二項は、「メタノールは飮食に供する目的を以て、之を販賣…………することを得ず」と規定している。メタノールを含む飮食物は、當然飮食に供せられる關係上一定量以上を含む場合には、人間の生命、身體、健康に害があるから、有毒物として取締をなしその販賣等の行爲を處罰するのである。そして、メタノールを工業用に使用することを妨ぐべき理由は、毛頭ないのであるが、「飮食に供する目的を以て」販賣する場合には、やがて當然飮食に供せられる關係上、生命健康に害毒を及ぼすに至る虞れがあるから、前同様これを處罰する以要があるのである。一定量以上含まれてさえおれば、その保持されている形態は、敢て問うところでないことは、立法の趣旨に照らし明らかである。また第二項は、百パーセント又はこれに近いメタノールの販賣等を對象とする處罰規定でないことも疑いの餘地はない。本件アルコールは、前述のごとく社會通念上飮食物というに足る外觀形態を與えられたものではないから、前記第一項を適用すべき場合に該當しない。そして、「飮用に供する目的を以て」販賣した事実を認定し右第二項を適用したのは正當であって所論のごとき違法はない。

されば、論旨は、何れもその理由がないと言わねばならない。

同第二點について。

原審において、過失を認定するための基本とした注意義務の内容は、當該具體的事案の客觀的状態において社會通念上通常一般的に要求されると考えられる程度の注意であった。そして被告人は、その注意義務を怠ったものとして、過失罪に問うたものである。特別の判示がない限り、被告人は普通人(平均人)として取扱われ從って被告人は普通人としての注意義務を有することが判決上認められている。されば本件過失罪の判示としては、これで十分であると考えられる。論旨はなお右の外に、被告人細川の諸事情「少くとも被告人細川がかかる注意義務を認識し得たかどうか、認識し得たとしてもその義務を履行するために適當な手段をとることが可能であるかどうか等が併せ判示せられねばならぬ」と主張する。しかしかかる事情は、舊刑訴第三六〇條第二項にいわゆる犯罪(過失犯)の成立を阻却すべき原由の範疇に該當するものと考えるを相當とする。從って原審において被告人又は辯護人から、これについて主張があった場合に限って判斷が示さるべきものである。しかるに、原審においては、かかる主張がなされた形跡は、記録上見ることができない(又論旨もかかる主張が原審でなされたとまでは言っているのではない)から、原判決がこの點について特に判斷を示さなかったことは、何等理由不備の違法となるものではない。論旨は、それ故に理由なきものである。(その他の判決理由は省略する。)

よって舊刑訴第四四六條に從い主文の通り判決する。

この判決は裁判官全員の一致した意見である。

(裁判長裁判官 真野 毅 裁判官 沢田竹治郎 裁判官 齋藤悠輔 裁判官 岩松三郎)

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